残念でならない、賀茂真淵の旧浜松市歌

鈴木建也(すずきたつや)

2010年01月21日 18:07


 浜松の偉人・賀茂真淵は1697年、現在の浜松市東伊場に生まれ、古事記、日本書記、万葉集などの古典研究を通じて古代日本人の精神を研究し、日本、日本人とは何かを見つめるよう広く問うた江戸時代の国学者です。特に万葉集の研究に心をくだき、「万葉集遠江歌考」「万葉解」「万葉考」にまとめています。浜松の生家の側には「賀茂真淵記念館」(浜松市中区東伊場一丁目22-2)があり、多くの顕彰碑が市内に建てられています。
 また、賀茂真淵の大きな功績として、多くの門人を輩出したことがあげられますが、その中でも国学者・文献学者・医師である本居宣長は特に有名です。その6代目の子孫に当たるのが、童謡作曲家として有名な本居長世です。『十五夜お月さん』『七つの子』『青い眼の人形』 『赤い靴』などはよく知られ、今でも歌われる有名な童謡です。
 そして、この本居長世の作曲で、あの文豪・森鴎外が作詞したのが「♪大宮人の旅衣~」で始まる大正10年、市制施行10周年を記念してつくられた浜松市歌です。1番の歌詞の全文はこうです。

大宮人の旅衣 入りみだれけむ萩原の
昔つばらにたづねつる 翁をしのべ書よまば

 最後の“翁”とは、そう賀茂真淵翁のことです。つまりは、賀茂真淵の弟子の本居宣長の子孫が、賀茂真淵をしのぶ曲を作っていたということです。それも森鴎外が賀茂真淵をしのべと言っている歌詞です。何と壮大で歴史ロマンを感じる市歌でしょう!この作詞作曲のコンビの作品は、横浜市歌があるのみです。スゴイですね!
 ですが、ですがです。残念ながらこの浜松市歌は、旧浜松市のもので、合併と同時に新浜松市歌が誕生し、現在はまったく歌われていません。と言う前に、当時も旧浜松市歌を知っている人がほとんどいませんでした。この話をして、びっくりする人が何と多いことか?!とっても残念に思うとともに、浜松、浜松人ってなんだ?!と私はいつも思ってしまうのです。

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